9月第5週:

Platero

9月第4週:

おまっ茶

9月第3週:

おまっ茶

9月第2週:

m & m

9月第1週:

もとわに






9月第5週:  Platero

遠くサウジの地より毎回楽しく読んでいます。こっちに来てかれこれ2ヶ月近く経ちますが、 学生時代に旅行で行った周辺の国々(シリア、ヨルダン、イスラエル、トルコ、イラン…) と比べても、サウジはとても制約の多い国だなあと感じます。

もちろん私にとっての筆頭は酒。隣のカタールやバーレーンでは高級ホテルで酒が飲めます が、サウジはホテルも含め全面的に禁止です。スーパーでもBudweiserやAmstelなどのビール を売っていますが、小さくN/A(もちろんノンアルコールの略)と書いてあります。何かの間違 いで本物が置いてないかなあと一応眺めて見ますが、残念なことに今まで一度も見たことが ありません。当たり前ですね。大きなスーパーに行くと、ビールに加えて、発砲りんごジュ ースやら、白グレープジュースなんかがどっさりと置いてあり、いいかげんそんな生殺しみ たいなことは止めてくれと一人毒づきます。

それから忘れてならないのはお店がよく閉まる事。ご存知のようにイスラムでは1日に何回も お祈りをしますが、その度毎にお店が閉まってしまいます。朝のお祈りはあまり関係がないの ですが、日没と最後(日没から1時間半後)のお祈りは丁度買い物やレストランで食事をする 時間なので、うっかりすると30分ほど店の外で待ちぼうけです。買い物の途中でも追い出され てしまいます。レストランで食事中の場合は追い出されることはさすがにありませんが。

その他映画館など娯楽が無い…と挙げていくときりがありません。日本の生活に慣れきった私 にはなかなか障害の多いところですが、数少なく?楽しいと思うのは、いろんな国の人がいる こと。この国は外国人労働者がとても多く、特に今いる町は石油の町なので、イギリス、フラ ンス、インド、パキスタン、フィリピン、レバノン…といろんな国の人がいます。充実のサウ ジライフに向け、面白い人に出会えればいいかなと思っています。

ところで日本にいた時に、普段は見向きもしないのに1年に1回ぐらい無性にマクドナルドが食 べたくなる、なんてことがありましたが、こちらでも時々日本食が食べたくなります(マック と比べてごめんなさい)。日本料理というと醤油を思い浮かべますが以外に困るのは「だし」 です。醤油は韓国醤油なんかで代用できますが、だしは日本から持ってこないと手に入りませ ん。日本料理の真髄はだしにあり、というのが私の結論です。ちなみに私が持ってきて良かっ たと思っている食料ベスト3は1位勿論だし、2位 ほんとうふ(ハウス食品から出ている粉末と うふ)、3位 乾燥とろろいもです。特にドライフーズのとろろいもはとろろそば、やまかけな ど数多くのバリエーションが考えられ画期的なのではないかと思っています。

なんだか軽薄な話が続いてしまいましたが、次回は深く深く哲学的な話が出来るように、楽しい 話でも集めて見たいと思います。

それでは






9月第4週:  おまっ茶

不思議の国ベルギー

  ベルギーでは何語が話されているのか、うーん、何だっけ。 正解は“フランス語とオランダ語”です。過去の歴史で国の領 有権が変わるたびに、公用語も変わったという背景から複雑な 言語事情があるようです。しかし、英語も満足に理解できない 私にとって、混乱することは言うまでもありませんでした。で も、言葉が分からないと旅行の充実度がガクンと下がります。 行く度にやっぱり勉強しようかなと思います。
  ベルギーは公用語がフランス語とオランダ語にもかかわらず 、かなりの割合で英語が堪能な人がいます。観光地に行くとガ イドさんは、フランス語と英語をかわるがわるに話し説明をし てくれます。多分英語もフランス語なまりになっているのか、 あれっ、今の英語かなとほとんど内容が解らないまま、説明が 終わることがほとんどでした。特にナミュールのシタデル(城 塞)とノートルダム女子修道院宝物室へ行ったときは、かなり 詳しい説明だっただけに、苦笑いの連発でした。ちなみにシタ デルはヨーロッパで最も重要とされた城塞で、1975年まで 軍隊が駐留していたそうです。ミニトレインという乗り物で敷 地内を周遊したあと、地下基地のようなところに連れていかれ ました。ちょっとした地底探検をしながらよくこんなところで 生活できるなと、重苦しい気持ちになりました。


ブリュージュ、ベルフォートからの眺め

  ベルギーの人はとても親切で優しいなと思いました。何か困 っていると「どうしたの」と聞いてくれるし、わからないこと を聞くときちんと教えてくれました。軽くあしらわれるという ことがなかったように思います。また、どこの国でもひったく りや置き引き、スリが多いと言われますが、今回の旅行で危な いかなと思うことは、ほとんどなかったように思います。(運 が良かっただけかもしれませんが)ただ、ホテルから国鉄の駅 までに行く道がアラブ系の人が多く住んでいて、暗くなってか らは通れないと思いました。旅行者にとってとても旅をしやす い国だと思います。
  ベルギーではブリュッセルを拠点に動きましたが、どこの都 市に行くにも国鉄を使えば比較的簡単に、速く行くことができ ます。(1等と2等がありますが、普通に切符を買えば2等に なります。)ブリュッセルではメトロ(地下鉄)、プレメトロ (一部地下鉄)、トラム(路面電車)、バスが走っています。 メトロとトラムをよく利用しましたが、路線をマスターするま でちょっと時間がかかりました。(友達が地理を覚えるのが速 く、一度行ったところは忘れないという技があるので助かりま した。方向感覚も鋭く、地図さえあればどこにでも行けます。 )初日は路線を間違えて変なところへ行ってしまうのが怖くて 、ひたすら歩いていましたが、徐々に歩く距離が減りました。 使い慣れればとても便利ですが、路線図がややこしいのにはま いりました。


トラム(路面電車)

  ブリュッセルでは王立美術館や楽器博物館、サンカントネー ル博物館、オルタ美術館や雑貨屋巡りに行きました。中でも楽 器博物館は言葉が分からなくても大丈夫なところです。館内を ヘッドフォンをしてまわるのですが、古い楽器や民族楽器が展 示されていて、その前に立つとその楽器の音色がどういう仕掛 けだか分かりませんが流れてきます。楽器というものをこうい う方法で紹介する感覚に出会ったことがなかったので驚きまし た。
  アントワープでは思いがけない出会いがありました。インフ ォメーションにいた人にどうも見覚えがありました。市街地の 地図をもらおうと思ったら、日本語で答えが返ってきてびっく り!そうだ、予習に役立った“世界ふしぎ発見”のベルギー編 に出ていた観光局の人だと思い出しました。「日本のテレビに 出てましたか。」と聞くと、「せかいふしぎ…」に出たとのこ と。苦笑いしながら「そのテレビ見たの」と聞かれ「見た見た 。」と答えると恥ずかしそうにしてました。実際会ってしまう とは。番組の中でアントワープはルーベンスの家や有名な絵が あるノートルダム大聖堂で知られています。フランダースの犬 というアニメをみなさんご存知ですか。ネロ少年とパトラッシ ュの悲しい話ですが、アントワープはその話の舞台になったと ころです。ネロとパトラッシュが息を引きとったのが、ノート ルダム大聖堂のルーベンスの絵の前だったのです。ベルギーで フランダースの犬はあまり有名ではないそうですが、日本人が このフランダースの犬のことでよく尋ねてくるそうです。その ため観光局の方は日本語で対応できるように、日本語を勉強し たと言ってみえました。実際、キリスト磔刑図やキリスト降架 などはとても残酷でネロが観たかった絵ではないのかなと思い ました。


ブリュージュの街並み

  ほんの僅かな期間の旅行ではその国を知ったことにはなりま せんが、何かしら触れてくることができると思います。今回は あまり下準備もせずに出かけていったので、アルデンヌ地方の 古城巡りに行くことができなかったり、見逃したスポットがた くさんあったと思います。でも、日常から思いっきり離れて異 国の地に立ち、自分たちのペースで「ああでもない、こうでも ない」と言いながら覗いて来ることができ、またいい思い出が できました。ベルギー一国だけで行くのはちょっともったいな い気もするので、そのうち今回見逃したところを、またどこか にいくついでと言っては失礼ですが、行きたいなと思います。 さて、次回はどこに行くことか。


ブリュージュでのボビンレース編み

  そうだ、今ベルギー出身のマグリットの絵画展が、名古屋市 美術館で開催されています。実はマグリットの絵を観に美術館 に行ったのですが、マグリットの展示スペースは空っぽでした 。まさか日本に来ているとは。ベルギーで観た方が安くて人も 少なくてゆっくり観られるのに。ちょっと残念です。


小便小僧






9月第3週:  おまっ茶

  「さあ、今年の夏はどこへ旅行に行こうか、そろそろ行き先を 決めないとね。」と半ば恒例の話になりました。突然だけど「 ベルギーは?」と3人の意見が一致しました。たまたま3人と も“世界ふしぎ発見”(TBS系列のテレビ番組)でベルギー の回を観ていたという単純な理由ですが。今、思えばワールド カップの予選リーグで日本の初戦はベルギーだったことをみな さんは覚えていますか。だからいろいろな番組でベルギー特集 が組まれていた時期でした。とにかくこの“世界ふしぎ発見” を観たことですっかり予習をした気分になり、行ってしまえば 何とかなるさ、といういつものノリで日本を旅立ちました。そ こで今回と次回の2回分を使って、ベルギー旅行について書か せていただきます。お付き合い下さい。(というよりもとわに 氏に書いてと言われたのですが…)

  満腹三昧の日々

  食事に関して毎回あまり期待せずに出かけます。今回は往き の機内でツアーを連れた添乗員さんに声をかけられ、「ベルギ ーに行きます」と言うと添乗員さんが「ベルギーは食べ物が美 味しいよ」と教えてくれました。それを聞いて俄かに期待が膨 らみました。慌てて鞄の中からガイドブックを取り出しよく読 んでみると、ベルギー料理はフランス料理の影響を受けつつも 、独自のものがありなかなか食通の国だと書かれていました。 驚きでしたが、ベルギーと言えば小便小僧、ベルギーワッフル 、チョコレートくらいと思っていました。実際足を踏み込んで みるとなかなか面白く、食べ物も美味しく私たちの旅行には珍 しく食い倒れ珍道中になりました。
  24日…まずは小便小僧を見ないと始まらないと思い、小便 小僧を探しながら《ダンドワ》(Dandoy)でベルギーワ ッフル(リェージュ風)を立ち食いしました。日本でもよく見 る格子模様の入ったこぶし大くらいの大きさのワッフルです。 熱々を頬張ると、外はカリカリ、中はしっとりとなかなか美味 しいものでした。ちょっと甘いかなとも思いますが、食べ始め ると最後まで一気でした。次はベルギーで人気のムール貝、《 シェ・レオン》(Chez Leon)という地元でも有名な お店に向かいました。お客さんでいっぱいの店内で目に付くの は鍋のようなバケツのような器です。これがムール貝かと思い ながら、オーソドックスは白ワイン蒸しで食べるそうですが、 私たちはクリーム煮のものを注文しました。食べきれないとも 思ったのでひとまず1人分にしておきました。人生初のムール 貝を口に入れると「美味しーい!」次々と手がのびましたが、 食べても食べても減らないムール貝の山に1人分だけにして良 かったと思いました。その他に、これも名物料理のクロケット 、これは小えびクリームコロッケですがお店によってちょっと ずつ味が違うようです。レモンとパリパリに揚げたパセリが添 えられて出てきました。


ムール貝とほっちゃん(同行した友達)

  25日…ベルギーと言えば忘れてならないのはチョコレート !ベルギーのことをあまり知らなくても、《ゴディバ》の名前 くらいは聞いたことがありませんか。ベルギーを代表するチョ コレートと言えばプラリネ(Praline)という詰め物が された一口大のチョコレートをさします。どこのチョコレート 店もグラム単位で量り売りされていて、何十種類もある中から 一粒一粒選んで買います。中の詰め物はバタークリーム、ガナ ッシュ、アーモンドやヘーゼルナッツのペーストなど作り手ご とに趣向を凝らしたものばかりです。とにかくいろいろなお店 のいろいろな種類を食べて、何が美味しいか見つけることです ね。時々顎(あご)が外れそうなくらい超甘いものもあります。
  この日はブリュージュという街に出かけました。この街で見 つけた《チョコレートライン》というお店のプラリネがこの旅 行で出会ったチョコレートで最高のものでした。とにかく美味 しくて美味しくてたまらなかったです。しつこくなく、後味が すっきりしていて、選んだプラリネはみんなその場で食べてし まいました。これならいくらでも食べれるぞ!(もっと、買っ ておけばよかった)値段もそれ程高くなかったように思います 。その後、今日もベルギー名物料理を食べようということにな り、《ブレイデル・ドゥ・コニン》というお店に入って、アン ギーユ・オ・ヴェールとクロケットとグリーンサラダを食べま した。Anguilles au vertというのはウナギ のグリーンソース煮というものです。ウナギを胴切り(ぶつ切 り)にしてハーブなどで煮込んだもので、ウナギの脂が溶け込 んで濃厚な味わいのものです。最初は何とも表現しにくい味に 、うーんと思いましたが、意外とくせになるというのか何だか んだ言いながら食べきりました。うなぎと言えば蒲焼と思う私 ですが、あのグリーン色のソースがかかるとこれって本当にウ ナギかしらと疑ってしまいます。ベルギーの人が日本のうなぎ の蒲焼をみたら、あのうなぎの開き方にびっくりするでしょう ね。
  26日…この日もブリュッセルの町を散策。まだまだ名物料 理はあるなと思いつつ《ファルスタッフ(Falstaff) 》へ行きました。ここもお勧めのお店です。地元の人にも人気 があるようです。ここではワーテルゾーイ(Waterzoo i)、シコン・エ・ジャンボン(Chicon et jam bon)とサラダを食べました。ワーテルゾーイは簡単に言え ば鶏のクリーム煮です。もちろんクリームだけで煮るのではな く、野菜(ポロネギ、にんじん、セロリ等)やタイムやローリ エなども入っているそうですが。ソースがかかっているという よりは、スープのような仕上がりでした。これもしつこくなく て鶏肉にしっかりと味がついていて美味しかったです。ワーテ ルゾーイは何も鶏肉ばかりではなく、魚介類でも作るそうです が白く仕上げるのがモットーのようで、白身の魚や鶏肉が使わ れるのだそうです。シコン・エ・ジャンボンはシコンという野 菜(日本ではアンディーブ)がハムで巻かれてグラタンに仕上 げられているものです。このシコンという野菜も、ベルギーで はよく食べられるようです。グラタンといってもマッシュポテ トがかかっていて、チーズとも良く合い美味しかったです。見 た目ほど重い食べ物ではなかったです。
  ベルギーはビールも有名で、地元の人も観光客も真っ昼間か らオープンテラスでビールをがぶがぶ飲んでいます。残念なが ら私たち三人ともお酒に弱いのですが、ちょっとくらいは飲も うということになり、スーパーでビールを買ってホテルに帰っ て飲みました。黒、白、茶、フルーツ色とベルギーのビールは 種類も様々で、ありとあらゆるものがあります。この日はヒュ ーガルデン(Hoegaarden)という白ビールとBEL LE−VUEのフルーツランビックを味見しました。ヒューガ ルデンは友達曰く「温泉みたいな味」と言っていました。温く なってしまったということもあるけれど、これは本来爽やかで 美味しいものらしいです。でも、これまたくせになるような味 らしく、結構いけるかもと飲んでいました。フルーツランビッ クはランビックにチェーリーやサクランボなどのフルーツを漬 け込んだビールでワインのような赤い色をしていて、酸味のあ る甘さが特徴です。お酒の強い人にはこんなものはジュースだ と思うかもしれないけど、私はコップに半分ほどでもきつく、 そのままベットに倒れこみ朝までぐっすりでした。ちなみにつ まみで買ってきたバジル入りチーズやハムもみんな美味しかっ たです。
  27日…あいにくの雨模様、博物館・美術館巡りに出かけま した。サンカントネール博物館内のカフェでランチを食べまし た。本日のランチというのはフランス語でplat de j our(多分)。メニューで迷った時はランチを注文すると美 味しいことが多いです。この日はポークのブラウンソース煮で した。あとはパニーニを食べました。ずっと感じていたことで すが、パンがすごく美味しいです。外はパリっとしているのに 中はしっとり、見た目と味が全然違い、どれだけ食べても飽き るなんてことはありませんでした。
  そう言えば、来る前にベルギーと言えばワッフルと思ってい たのに、まだブリュッセル風が食べていないということで、前 に行った《ダンドワ》へベルギーワッフル(ブリュッセル風) を食べに行きました。リエージュ風よりも生地がやわらかくサ クサク感がありました。生地自体は甘さ控えめなので、粉砂糖 をふりかけたり、フルーツソースやチョコレート、アイスクリ ームなどがのっています。念願のブリュッセル風を食べること ができて幸せな気分でした。


ワッフル(ブリュッセル風)

  28日…アントワープでまた美味しいものに出会いました。 ベルギー名物料理でまだ食べていないものは牛肉のカルボナー ド(Carbonnades de boeuf)牛肉のビー ル煮です。多分角切りの牛バラ肉を軽く炒めてから黒ビールで 軟らかくなるまで煮込んで、ブラウンソースで仕上げたのだと 思います。甘いような辛いような、ちょっととろみのあるソー スに馴染んだ牛肉の煮込みでした。くどいかなと思いつつも、 これまた食が進む逸品でした。あとは中華野菜炒めとマッシュ ルームのオムレット。奇妙な中華鍋から直接食べている人が何 人かいて、お店の人に片言の英語で「あの人は何を食べている の」と聞いたら「これだよ」と教えてくれました。来てみてび っくり、こんなヨーッロッパの国でアジアンチックなものが食 べられるなんて。唐辛子がぴりりと利いて、おまけにタイ米ら しきご飯までついていました。すっかり忘れていたご飯の味に しばし浸ってしまいました。でも、しっかりパンも食べました が、この胚芽が入っていた丸いパンも美味しかったです。美味 しいを連発している私たちの傍らを、日本人観光客が「美味し そう」と羨ましそうに通り過ぎていきました。ますます幸せな 気分になったことは言うまでもありません。


牛肉のカルボナード


中華野菜炒め

  29日…フライドポテト(アメリカではフレンチフライ)を 知らない人はいないと思いますが、ベルギー生まれだというこ とを知っている人は殆どいないでしょう。まだ、食べていなか ったのでお店で買って食べました。ベルギーではフリッツ(F rites)と呼ばれマヨネーズをつけて食べるのが一般的だ と言われていますが、好みは様々でいろいろなものをつけて食 べるようです。フリテリーと呼ばれる揚げたてのフリッツを売 るお店のものが美味しいです。ただ、どんな料理にも必ずと言 っていいほど付け合せとしてフリッツは登場します。でも、こ の日に食べた揚げたてフリッツはかなり美味しかったです。こ の日は珍しく歩き回ってあちこち見て廻ったために、美味しい ものを食べることができませんでした。でも、スーパーに買出 しに行き、友達推薦のアップルマンゴーを食べました。日本で もちょくちょく見られるようになりましたが、こちらのものは 大きくて安い!1個200円くらいで買えます。
  30日…明日はもう帰国、甘いものが食べ足りないと買い物 をしつつ甘いもの廻りをしました。ランチを食べている人のそ ばでアップルパイを食べたり、チョコレート店のはしごをする ついでにケーキを食べました。ここでも毎日のようにチョコレ ートを食べているにも関わらず、チョコレートケーキを選んで しまいました。ブリュッセルでお勧めチョコレート店は《ピエ ール・マルコリーニ》(Pierre Marcolini) や《ノイハウス》(neuhaus)かな。他にもあると思い ますが。
  最後の晩はホテルの近くでビールを飲みながら食べようとい うことになり、レストランに入りました。これがまずかった! 最後の最後で失敗をしてしまいました。まず、どうみても観光 客しかいない、やたら料理を勧めてくるというこれまでにない タイプのお店でした。味は悪くなかったのですが、会計をして ビックリ!いつもの食事の2.5倍ほどの値段でした。「えー 、そんなに大したものは食べていないはずなのに〜」と抗議す る英語力がないので仕方なくお金を払って退散してきました。 これがなければ食事に関しては大満足だったのにな。この失敗 でやたら勧めてくるお店は危ないこと(ガイドブックには怪し い日本語で誘ってくる店もだめだと書いてありました。)、客 層をよく見ることとまたひとつ賢くなったということにしてお きます。
  よく食べるなと呆れられそうですが、今回のベルギー旅行で 食べ物のことを言わないことには始まらないと思い、つい書い てしまいました。ベルギーという小さな国が周りを大国に囲ま れながら、独自の文化や伝統を守っていこうという心意気を、 いたる所で感じました。しかし、それは押し付けがましいもの ではなく、かといって遠回しというわけでもなく、ベルギー風 なんだなと思いました。まだまだ、名物料理を食べ尽くすまで にはいたっていません。この旅行で私が太ったことも言うまで もありません。
  さて来週は、ただの食いしん坊だと思われたのを挽回するた めに、もっとまじめなことを書きます。






9月第2週:  m & m

  こんにちは!残暑がまだまだ厳しい今日この頃ですが、いかがお過ごしですか?この 交換日記も1年を迎えたそうで、おめでたいですね♪10月に開催されることになったオフ 会には私も参加させていただきます。普段、ネット上でしか知らない皆さんにお会いでき るのは私自身初めての経験ですし、とても楽しみにしています。当日は、できるだけ多く の皆さんとお近づきになりたいですね。私は名古屋市在住ですが、参加される皆さん、特 に遠くからいらっしゃる方は、どうかお気をつけて☆
  さて、今回の日記ですが、6月のおまっ茶さんの日記と、それに対して皆さんから寄 せられた文章について、私が感じたことなどを書こうと思います。私は、初めておまっ茶 さんのお仕事についての日記を読んだとき、何だかとても身近に感じました。そして、読 み終わった時にすぐ、私の母の顔が浮かびました。なぜかというと、母の仕事は特殊教育 における保育士で、現在は知的障害のある子供が共同生活を送る施設で働いています。何 年かに一度は転勤があり、暴力、盗み、不登校など、何らかの問題を抱えた子供達が、早 く日常生活を送れるよう指導、保護する施設、また児童相談所などに勤務していたことも あります。その中で、児童相談所に勤務していた頃の母が私はあまり好きではありません でした。当時中学生だった私には、母は何だかいつも疲れていて、怒りっぽく見えました。 そしてまた、そのことでいろいろ悩んだこともありました。
  真夜中に警察から電話がかかってきて、「3歳と、6ヶ月の幼い2人の兄弟を保護しまし た。どうやら子供達をおいたまま母親がいなくなったようです。近所の人から、子供達が 泣いていると通報があったものですからー。」そんな時、母は12時を回っていても「おや つのプリンもらうねっっ!」と言って保護された子供達のために何か食べ物を用意し、急 いで出かけていったことが何度かありました。ただでさえ心配性の私は、真夜中にあせっ て運転するなんてーと、母から無事着いたという連絡をもらわない限り、心配で眠れませ んでした。そして、他の家族を起こさないよう、電話の前で半分涙を流しながら母からの 連絡をまっていました。「どうしてお母さんがいかなくちゃいけないの?」とー。
  ほかにも、母の仕事にはいろいろなことがあったようです。プライバシーの問題があ るので、家族にその内容を詳しく話すことはありませんでしたが、子供や家庭のことで様 々な問題を抱えた両親の相談に乗り、いろいろな事情で一時保護された子供達が、これか らどうするのが一番いいのかを考え・・・そんな状況の中で、母もストレスを感じていた のでしょう。母の仕事が直接の原因だったわけではありませんが、何かにつけて言い合い になることが多かった当時、私は母に向かって「お母さんそんなに機嫌が悪くなるんだっ たら、もうそんな仕事やめちゃえばいいじゃんっっ!」と泣きながら叫んだこともありま した。母は、そんな私を黙って見つめていました。あれから何年経った今でも、私は母に 対し、何ということを言ってしまったんだろうという後悔の気持ちと、母の何とも言えな い悲しそうな表情を忘れることができません。
  おまっ茶さんの最初の文章に「私の訪問を待っていてくれる子どもたちのことを忘れ ずに」とありましたが、必要としてくれている人がいるから、その人達のために頑張る、 それは本当に素晴らしいことだなぁと、改めて感じました。母が真夜中に飛び出していっ たのも、この仕事を30年以上続けてきたのも、きっと見えないところで母にはそういう支 えがあったからなんでしょうね。私も、少しずつ成長していくにつれ、母のことがだんだ んと分かるようになってきました。そして私自身、いろいろな人に支えられていることを、 特に足の骨折で入院して以来とても強く感じています。というのも、私も理学療法の先生 にとてもお世話になり、リハビリでは本当に親身になって指導していただきました。お陰 様で、1年近くたった今では日常生活に全く支障がないほどに回復しました。
  どんな仕事も、何らかの形で誰かの役に立っているはずです。しかし、おまっ茶さん やきたぢさんがやっていらっしゃることは、誰かの人生に直接関わることであり、必要と する人の信頼度が高い分、大変なことも多くあると思います。おまっ茶さん、きたぢさん、 貴重なお話をありがとうございました。交換日記を通して、そのことを改めて理解した今、 母にこころから「ありがとう」と言いたいです。
  まあ実際に言うのは照れくさくて無理なんですけどね・・・(爆!)






9月第1週:  もとわに

  先週は「イチ」君にいろいろと書いてだいて・・・、ありがとうございます。
   『「何週間もタメ口ですいませんでした。同世代だと思ってました」(私は8つも年 下でした)』(本文抜粋)。
  とんでもありません。どうもこの童顔では、いつも初対面の人には誤解をあたえてし まうらしく、かえって相手の人には申し訳なく思えることも多々あります。いまだに年配 の方からは、「あら、学生さん?」と言われることもあります。もうとっくの昔に学生は 終わっているのですが。33歳という年齢そのものに対してはどうということはありませ んが(多少は年を食ったなと思う程度)、初対面の人に年齢を言った時、外見とのギャッ プで驚かれるのを見るとこっちも多少はショックを受けます。

  『以前もとわに氏が英語のサイトを何食わぬ顔で読んでいたのを思い出しました』と、 イチ君は書いていますが、カナダから帰ってしばらくたち、英語に接する機会がほとんど なくなった今となっては、遠い昔の記憶のようになってしまいました。
  英語を自由自在に操っているように見えますが、最初は苦労の連続でした。大学卒業 後に初の海外留学となったサンフランシスコの語学学校では、この上なく貴重な2ヶ月を 過ごしました。授業そのものは中学生で習う英語でしたが、先生の言っている内容がわか らなかったり、ろくに発言もできないむなしさは、自分への不甲斐なさを痛切に感じまし た。他の国の人との接し方もわからず、悩むばかりの日々が続きました。そのつらさも1 ヶ月を過ぎるころにはようやく慣れ、少しづつではありますが授業の内容もわかり始め、 次第に発言もできるようになりました。
  中学、高校、しかも大学まで英語を勉強しましたが、いかに日本で行われている英語 の授業がかたより過ぎているかということもよくわかりました。やはり語学は他の国の人 とコミュニケーションがとれてなんぼのものですね。
  2ヶ月に及んだ初の語学留学は終わり、その後1ヶ月かけて、ニューヨーク、カナダ 東部のモントリオール、オタワ、ケベック、それからカナダ西部のバンクーバーを旅行し ました。それから再度サンフランシスコを経由して日本に帰国しました。最低限の旅行が できる英語は身につきましたが、まだまだ自分自身では納得できるレベルには達していな いことがわかり、2年後にまたお金をため、カナダに長期で留学する決心をしました。
  その後2年半にも及ぶカナダ留学を終え2000年に帰国しましたが、現在においてもま だまだ英語を勉強したいという欲求はあります。再び英語圏の国に行き、短期で勉強をし ようという計画もあります。
  夢は尽きません。一つづつ成し遂げれるように努力していくだけですね。

  9月になり、この「交換日記」も1周年になりました。皆さんの理解と支援があって できたことです。大変感謝しています。より一層皆さんの表現の場として、意見交換の場 として活用していただけたら幸いだと思います。
  これからもよろしくお願い申し上げます。